1月27日(火)、講座15『これからの教育の動向』~教育の機会保障の歴史を通して考える~の第2回「どの子も排除しない教育を目指して」~国連子どもの権利委員会勧告を読み解く~を花川北コミュニティセンターで行いました。講師は、北海道教育大学札幌校・准教授の粟野正紀さん、受講者は28名でした。
粟野さんは最初に「現代日本の教育の最も深刻な危機は、貧困による教育格差の拡大です。現政権の教育再生は、こうした危機にどう立ち向かおうとしているのでしょうか?本日は、第1次安倍政権で成立した改正教育基本法(2006年)や今後議論が本格化する憲法改正案、国連からの勧告とを合わせて読み解きながら、目指すべき教育の在り方について皆さんと一緒に考えてみたいと思います」と言って講座を始められました。
Ⅰ.子どもの貧困について
最初に「ワーキングプアー」と云うビデオが流され、貧困によって社会とのつながりが奪われてしまった人の実態を学びました。
子どもの貧困は、第一段階では、おカネがないと家庭の中での関係性が希薄となり孤立、不安の中で育ち、無条件で愛されると云う経験が充分にない為に人に対する不信感が生まれ、自尊心が欠如してしまう。
第二段階では、他の子どもが経験するような経験ができないため関係性(つながり)が奪われて疎外感、孤立感を抱く。また、能力を身につける機会も奪われるので社会とのつながりも断たれて排除され、無力感を抱く。
Ⅱ.教育基本法改正の意図
1.1947年教育基本法と2006年教育基本法の比較方法
削除された文言・条文と新設された文言・条文を検討することで、両者の違いを検証する。
2.1947年教育基本法第10条1項
「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接責任を負って行われるべき」と規定している。また、戦後当初は公選制教育委員会が構想されていた(1956年より任命制)
3.第10条2項
教育行政には「教育の外にあって教育を守り育てるための」条件整備義務が割り当てられた。
※1項は主語が「教育は」2項は主語が「教育行政は」となっていて役割分担させている。
4.2006年教育基本法―第16条(教育行政)の検証
「不当なな支配に服することなく」の文言は残ったものの「直接責任を負って」が削除され、「この法律および他の法律の定めにより行われるべき」との文言が入った。
◇1947年教育基本法:教育の自主性保護法―権力の介入を排除。
◇2006年教育基本法:教育の権力統制を正当化(直接責任を削除し、法律を変えれば教育に介入できる流れとなっている)
5.時の政権の意向が教育内容に反映した事例
中学・高校向け教科書の学習指導要領の解説書に、尖閣諸島と竹島を領土と明記する改定を文部省が検討。
Ⅲ.自民党改憲草案に見る中央政府によるナショナル・ミニマムスタンダード保障の放棄
1.地方自治に関する改憲草案
第8章 地方自治についての草案では、「住民に身近な行政」や国及び地方自治体との「役割分担」と云う文言が使われている。
2.政府間の役割分担の意図
・「役割分担」とは:ある特定の行政施策を中央または地方政府のいずれかに割り振り、割り振られた行政施策を割り振られた政府の自己責任で実行。
・「住民に身近な行政」(社会権に対応する社会サービス)はすべて自治体の分担とされ、その経済的自己責任によって実施。
・役割分担を前提とすれば、国の役割は豊かな自治体から貧しい自治体へ貨幣を移動させる財政調整制度に限定される。
◇中央政府による教育や福祉に関するナショナル・ミニマム・スタンダードの設定と、その実行に必要とされる中央政府の税源から地方政府へお金を移転する仕組みを排除。
Ⅳ.国連子どもの権利委員会勧告を生かす
1.第3回勧告における国連から見た日本の子どもの問題状況
勧告は回を重ねるごとに条項数が増加し、新しい困難として、困難情緒的幸福度の低さ(孤独感)を指摘、「その決定因子が子どもと親及び子どもと教師との関係の貧困さにある(60項)」とした。
2.国連が日本に求めている改善策
(1)大人と子どもとの間の応答的な関係の再構築
・体罰を排除するための措置を法的にも教育的にも取るべきこと。
・子どもが意見を十分に表明する権利を促進するための措置の強化。
・「指導」の名の下に大人の欲求を子どもに押しつけ、「子どもにさらなるストレスを与えないように(42項)」すること。
◇これに対して、いじめ防止対策推進法(2013年6月制定)では、道徳・規範教育や出席停止、学校懲戒、警察との連携といった厳罰主義をとっている。
(2)スタッフや施設に関する規制緩和ではなく、その設定と遵守
・「養育責任を果たす家庭の能力を確保するために(51項)」労働規制緩和及び民営化政策の見直し。
・子どものニーズを満たすための「サービスの質及び量に関する基準(40項)」の引き上げ
・その基準実施に必要な予算額を確保し、「財政規模の変化にもかかわらず、子どものための優先的予算線を堅守すること(20項)」
◇貧困対策法(2013年6月制定)では、改善に向けた数値目標なし。
◇日本の公教育のGDPに対する比率は3.3%で調査対象のOECD加盟28ヶ国中27位(韓国20位)
Ⅳ.まとめにかえて
目指すべき方向は、「教師と保護者、子どもと大人の対話的応答的関係の強化」と「専門性に裏付けられた教師の教育裁量を育み保護者や子どもとの関係性を再構築するための条件整備」ではないか。
以上が本日のお話の概略ですが、粟野さんは最後にいしかり市民カレッジへのメッセージとして、トクヴィルの「人々が文明状態にとどまり、あるいは文明に達するためには、境遇の平等の増大に応じて、結社を結ぶ技術が発展し、完成されねばならない」「普通の市民が結合して、・・・貴族的な人格を形成することができる」と云うふたつの言葉を紹介され、民主主義はややもすれば数の支配、最後は多数決が原則と考えがちであるが少人数による学び合い深めあう結社が必要で、守るべきものは何かをしっかり考えることが大事です、と結ばれました。
お話を聴いた受講者からはたくさんのコメントが寄せられましたのでその一部をご紹介します。
「教育の動向、国連子ども権利委員会勧告について、わかりやすく講義していただき、ありがとうございました」
「短時間の中で、ポイントをしぼってのお話は良かったと思います。教育が危険な方向に向かっていることが恐怖です」
「教育問題は、理想と現実のギャップが大きく永久に解決が不可能では?(しかし)イジメや貧困でもアキラメてはいけない。特に人間性の教えが大切」
「本講座は大変参考になった。また、自分の学生時代に学んだ点を思い出し再確認できた。できれば、講座の後、講師とゆっくり語り合いたいと感じた。粟野先生に感謝します」
「教育および教育行政について改めて考える機会をいただきありがとうございました。今日お話頂いた内容をじっくり考えてみたい」
「『国連勧告』の紹介は非常にためになった。一面的な捉え方になっている部分もあるが、行政が本来教育にどう向きあわねばならないのか、という視点が勉強になった」
「戦前に歩んだ道に戻ろうとしている今日この頃であるが、根本のところで守るところがあると思った」