2月20日(火)、主催講座17「アイヌの送り儀式」を花川北コミュニティセンタ―で行いました。講師は、札幌大学専門員でアイヌ語非常勤講師の岡田 勇樹さん、受講者は52名でした。
岡田さんは、現在札幌大学に勤務しながら北海道大学大学院文学研究科で文化人類学を学ばれているそうです。また、アイヌと和人の学生が共にアイヌ文化を学びながら育て合う札幌大学ウレシパクラブをサポートをされていて、ウレシパクラブの活動についても紹介がありました。
以下は、本日のお話の概要です。
アイヌの送り儀礼
何らかの役割を担ったり、遊びに行きたくなったりして人間社会に来たカムイを、また来たくなるようにもてなして、カムイの世界へ送り返すこと。
□カムイとは
・どのようなものをカムイと考えるかは、地域や個人で違う。
火や水、太陽や月、動植物のほか、地震・雷などの自然現象や病気などもカムイ或いはカムイが引き起こしたこととされる。
また、自然の物ばかりでなく、人間が作った舟や炉鉤、臼や杵など道具類もカムイとされる。
・カムイたちは、カムイの世界で人間と同じような姿で、手仕事をしたり、結婚して家族を持ったりしながら仲間と一緒にくらしている。
・人間と同じように様々な個性と喜怒哀楽を持ち、人間に対して良い行いばかりでなく悪いこともする。
・カムイの世界から人間の世界へやってくる時は、動物や植物、或いは道具や自然現象などに姿を変える。
□カムイを送る
・人間世界での役目を終えたカムイがカムイの世界へ帰る時、人間は自分たちの生活に必要なカムイがまたやってくることを願って、カムイが喜ぶ木幣や酒、団子や干したサケなどの食べ物と一緒に感謝の祈りの言葉を捧げる。
それらを受け取ったカムイが、帰ってから家族や仲間に人間に親切にされた体験を話すと、そのカムイばかりでなく他のカムイも人間のところに遊びに行きたくなる。
・人間が動物などを捕らえて肉や毛皮を手に入れるのは、それらの肉体から「魂」を解き放つことと考えられた。人間はその肉体を受け取り、「魂」をカムイの世界へ送り返すことになる。
□アイヌはどんなカムイを送っていたか?
クマ、シマフクロウ、シカ、ムジナイヌ、キツネ等
□イオマンテ
1)イオマンテとは
・イオマンテは、くま祭りと云うよりくま送りと云うのが正しい。くまの霊を親元の神の世界に送り届ける祭儀。アイヌの祭儀で最も盛大なものは、コタンコロカムイ(しまふくろうを送る祭儀)だが、これについては詳細な記載がなく、アイヌの間でも忘れられて、わずかに古老が聞き伝えているだけ。
・春先のヒグマ猟で、生まれたばかりの子熊を手に入れると、カムイから養育を任されたと考え、子熊を大切に育てた。
・1~2年飼育した後、その魂をカムイモシリ(神々の世界)へ送り帰す儀式が営まれた。カムイを敬う人々が、たくさんのお土産を持たせてカムイ(熊)の魂を送ることで再訪を願い、食料の安定供給を求めた。
・明治以降は、同化政策による生活環境の変化などで次第に行われなくなった。
・地域や個人により、儀礼の手順や作法、道具などに違いがある。
2)カムイノミの準備
イオマンテの実施には、約2週間前から用材調達をする。男たちはイナウなど用具を作り、女たちは酒づくりやご馳走の準備をする。
3)イナウ
・作るには熟練がいる。
・イヌンパストウイナウ(酒をしぼる棒のイナウ)、コンカニイナウ(黄金のイナウ)、ストウイナウ(棒イナウ)等など様々なイナウがある。
4)儀礼で使うその他の道具
キケウシパスイ(削りかけつき棒酒箸)、シトニツ(団子用の串)等など。
5)カムイのための道具
ヤシケオクニ(カムイをつなぐ棒)、へペレトウシ(カムイをつなぐ綱)、イソノレアイ(仕留め矢)、ク(弓)等など。
6)料理
トノト(御神酒)、シト(団子)等など。
7)イオマンテの流れ
前夜祭、本祭1日目、本祭2日目、本祭3日目(あと祭り)
※実際のクマの送り儀礼の様子を写した動画の紹介がありました。
※世界観では、クマを殺すのではなく、魂をカムイの世界に送り帰すのだが、人間としての感情では、可哀そうと云う気持ちが生じることも否めないことを認識しておく必要がある。
□他の送り儀礼―シカ
・シカは、サケとともに主食で口承文芸の中では対句で登場する。
それなのに、「『儀礼』はほとんど行われなかった、シカの個体は他と異なりカムイではない、だから儀礼を行っても簡素で良い」と言われているが、「河野広道ノート」には「鹿送り」と記載されており、単にシカの送り儀礼についての情報が少ないだけではないか?
・シカは、他の動物と違うのか?
「沢山獲れるから、群れで動くから1頭ごとは意思を持たないように見えた、シカを統(す)べる神の機嫌を損ねない程度に扱えばよい」⇒本当にそうだろうか、疑問がある。
・狩猟者の視点
血、肉体(狩猟時、解体時)、断末魔、止め矢など現実と向き合う必要がある。
岡田さんは、狩猟者としての視点を体感するために実際に狩猟免許を取得されたそうです(実際には撃てなかった)
※現実と語られるアイヌ(自然と共に生きる)との間には少し乖離したところがあるのではないか。
※実際にシカの送り儀礼を行っていて、シカを決して雑には扱っていない動画が紹介されました。
以上が本日のお話の内容ですが、岡田さんは最後に、何がカムイで何がカムイでないかは、軽々に判断せず慎重に考えるべきではないか、送り儀礼と云うのは、動物や物への向き合い方なので、地域や個人で違っていても良いし、アイヌ文化に対しても、固定的なものとしてではなく、生きている文化として柔軟に捉えて欲しいと思います、と結ばれました。
岡田さんの分かりやすいお話で、アイヌの世界観について良く理解することができました。さらに、アイヌ文化は地域や個人による違いもある多様なものであることやアイヌは自然と共に生きると云われるが実際には動物の死と云う現実との向き合いもあったことなども分かりました。
受講者からも多くのコメントが寄せられましたので、その一部をご紹介します。
「イオマンテが分かった感じがしました。もっと知りたいと思えてきました」
「イオマンテの儀礼を映像で見ましたが、人生で初めてです。理解できるまで時間がかかりそうです。もう少し勉強が必要です」
「札幌大学のウレシパクラブには、大変興味を持っていました。本田優子先生、菅野茂氏の存在は大きく、若い研究者の岡田講師の活躍が期待できると、嬉しい思いがしました。平易な言葉でお話してもらい、良かった。白老の象徴空間も楽しみですが、ここ数年アイヌ文化を広める好い時期にきていると思います。本来の北海道(蝦夷)を深めるという意味で」
「送り儀礼の動画が出てくるとは思いもよらなかったのですが、アイヌだけでなく生きていくこと、命を保つために他の動物の命を頂く、これがキレイ事では無い本来の『命』や『生』に関する事の本質でとても大事な事だと思います。生きるってそう云う事だと思いますが・・普段はそう云う事にふれる機会が無いので良かったです」
「今年は北海道150年と云うことで、アイヌについて学びたいと講座に参加しました。人間は肉を好んで食べますが、動物を解体するのは、残酷だと思ってしまうこの矛盾。とても映像で見られませんでした。命を頂くと云う食べられることへの感謝の儀式として理解しました。食物連鎖によって私たち人間も生かされているのだと思いました。もっと『いただきます』の意味を理解したいと思いました」
「カムイについては承知していたが『カムイを送る』の項で、動物の肉や毛皮を受け取るが命を奪うと云う事について、人間は動物の肉体を受け取り魂をカムイの世界へ送り返す・・と云う意味で、イオマンテ(子熊を送る)について理解を深めた。『コタンコロカムイ』(ふくろう)が最も慎重で盛大であり『イオマンテ』がその次と云うのも新しい理解だった。又、カムイは、カムイモシリとアイヌモシリの間を行ったり帰ったりで、持ちつ持たれつの関係で、送りを通じ良好な関係が出来ると云う一つの世界観がある」