6月24日(土)主催講座5「新北海道遊里史考」の第1回「遊里とは?国内外の娼婦の歴史を紐解く」を石狩市花川北コミュニティセンターで開催しました。講師は、民衆史研究家の石川 圭子さん、受講者は46名でした。
石川さんは最初に「私は子供の頃体が弱かったのですが、建物の構造や空間に大変興味を持っていました。長じても建築にしか興味が持てず建築工学を学び設計事務所に入りました。ところが、その仕事をしているうちに建物の耐久性と住む人の将来の負担などに疑問を持ち、つきつめて考えると気持ちが苦しくなりました。
そんな中、倒産と云う形で会社が無くなってしまい、労せずして疑問を持つ仕事から離れることができました。
その後建物について色々考えるうち行きついたのが古民家でした。薄野の置屋だった所を事務所にして古民家鑑定士を始めた関係で、薄野の色々な事情を調べ始めたのが遊里との縁の始まりです」と自己紹介されてから本日のお話を始められました。
1.現代性事情
1)性に結び付くテーマ
偏った知識(秘め事、恥ずかしいこと)によって性嫌悪症(性嫌悪障害)をもたらすこともある。
2)梅毒感染について
①感染者総数
・2016年度総数5,203人/男性3,578人/女性1,625人
・2022年度総数11,673人/男性7,701人/女性3,792人
2023年度は、2016年度比でほぼ倍増している。特に2023年度の20代の女性の数が多い(長引く不況の影響を受けている)。
北海道の感染者数
・2022年第4四半期202
・2023年第1四半期226
②感染増加の背景
インバウンド増進策の影響もある。
パパ活、神待ち、ママ活なども背景になっている。
③若者の動向について札幌市の状況(新聞、テレビ報道など)
地下鉄大通駅前の共有スペースで飲酒や喫煙が繰り返され⇒共有スペース閉鎖⇒相談と支援が始まる⇒居場所を求める若者に声掛け(大通駅の休憩スペース)⇒悩みを聞けたのは1週間で2件。
2.遊郭・遊里とは
1)小寺平吉著(昭和49年4月1日発行)「北海道遊里思考」
序文「北海道の人口の半分は女である。それなら北海道の歴史も民俗も、その半分は女が占めなければならないはずである。それにもかかわらず、女について書かれたものはほとんどない。女性史観というようなものさえ、ほとんど打ちたてられていない」
石川さんは、この書に触発されて遊里について本格的に研究するようになったそうです。
2)遊里関連のことば
・妓楼:客を遊ばせる事を生業とする店
・楼主:妓楼の店主
・遊郭:公許の妓楼が集まった所
・遊里:私娼街を含んだ遊郭のこと
・そこで働く女性たち:遊女、女郎
3.世界の娼婦
神殿娼婦(世界最古の職業)。紀元前3,000年まで遡る。
神殿を訪れる人達と性行為を行う(神に奉仕する仕事)。
①古代ギリシャの娼婦
ヘロドトス著「歴史の父」に記載されている。
・ヘタイラ
数人の富裕層のパトロンとのみ性交渉を行う高級娼婦。
ジャン・レオン・ジェローム画「アレオパゴス会議のフリュネ」
古代ギリシアの伝説的なヘタイラであるフリュネが、不敬罪で裁判にかけられた場面を主題にしている。弁護人が陪審員団の前でフリュネの衣服を剥ぎ取って彼女の裸を露にすると、フリュネは無罪となった。
高級娼婦は神に仕える者で、女神とも云うべき存在。
・ポルナイ
娼館や街頭で不特定多数の客を相手にする下級娼婦。
②インドの娼婦
・ジョーガン・シャンカール著(鳥居千代香訳)「寺院の売春婦」
・インドのカースト制度
上位からバラモン(司祭、僧侶)、クシャトリア(王族、戦士)、ヴャイシャ(平民、商人)、シュードラ(隷属民)の4つのほか人間扱いされない不可触民のアチュード/ダリッドがあった。
・神聖娼婦―デーヴァダーシー(神の僕となる女性)
寺院に少女を奉納する習慣は11世紀頃には確認され、「吉なる存在」として肉親により主にヒンドゥー教寺院に捧げられ、伝統舞踊や歌を演じたり祈ったり、性行為を行った。婚姻関係を持たず未婚であることは神聖な女性であることを具現化する習慣との見方もある。
少女は不可触民より選ばれて肉親により奉納される⇒金を介した買春。買い手は、カーストの上位層。親や肉親は、売春行為にある種の正当性を与える儀式ととらえていた。デーヴァダーシーは第二次世界大戦後も続いていた。
その社会的背景:村のほとんどの家庭では、1年に3か月しか十分な仕事がなく、干ばつになるとそれさえ不可能になる。このような状況では人々は別の収入を得ようとするが、商業的売春が最も高収入を得ていた。そのため、より多くの客を惹きつける器量の良い娘が選ばれた。
②中国
◇妓女
春秋時代から文献で確認できる。
・宮妓:后妃とは別に皇帝の後宮に置かれて皇帝を楽しませる
・家妓:高官や貴族、商人の家に置かれ家長の妾姫となった
・営妓:軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵を楽しませる
・官妓:宮廷に仕えて歌舞を行い官僚や土地の有力者を楽しませる
・民妓:下級官僚や庶民を相手にした
4.日本での歴史
・701年大宝律令の頃、采女制度(うねめ、神と国司に妾として奉仕する女性)
・平安時代⇒傀儡女(くぐつめ、人形劇に合わせて詩を唄い、禊や祓いとして客と閨を共にしたともいわれる。歌と売春を主業とした遊女の一種)
・傀儡師:人形芝居の源流。寺社に抱えられた日本で初めて職業として、芸能人と呼ばれた。
・江戸期三大遊郭:京都島原、大阪新町、江戸吉原。
・博徒と寺社
寺銭:賭博が行われた際、場所を提供する者に支払われる金銭(江戸時代に寺社の境内を賭博場とし、儲けの一部を寺社に寄進していたからと云う説がある)
寺社の敷地内は寺社奉行の管轄のため、町奉行による捜査や検挙が困難だった。
寺と博徒は結びついていた。
※娼婦と僧侶は、世界最古の職業であり、世界最後の職業となるかもしれない。
5.道南に於ける博徒と遊里
①江差:煮売り茶屋・福田屋
函館麺類飲食業組合発行「函館蕎麦史」
お糸とお里という二人の娘がハンペン、豆腐、蕎麦、餡焼餅などを沖の船の乗船者に売り歩き、傍ら浜に建てた小屋で春を売っていた(1804年、江差津花町)。
※野付半島にはかってキラクと呼ばれる港町があり遊郭もあったと云われている。ニシン漁で栄えた厚田村安瀬にもキラク町とトックリ町云う町があり女郎屋があった。
②函館
・安政4年4月、ライスアメリカ貿易事務官が箱館着任⇒箱館奉行に「婦人周旋方を懇願」
・柳川熊吉:幕末の侠客、博徒の大親分
奉行所の役人に柳川鍋を供したことが縁で柳川の姓をもらった。
江戸浅草生まれ。吉原遊郭の大火の後、箱館に移住。箱館戦争の際、賊軍の放置遺体を集め、実行寺の住職や大工の棟梁・大岡助右衛門らとともに実行寺に葬り、その後函館山麓に碧血碑を建立。
③明治期の博徒の二大勢力
丸茂一家(森田常吉)と一丁一家(及川喜三郎)。
両一家と遊里とは切り離すことはできない。
博徒の中には、地方議員となった者もいる。
北海道の経済と花街とはつながりがある。
※北海道の博徒については、大西雄三著「実録 北海道博徒伝 森田常吉聞書」に詳しい。
最後に、明治初期の札幌祭りの法被に五番館のマークが付いていることやご自身が関係されているオタモイ地蔵尊の霊祭(堂守をしていた方が亡くなった)を紹介されて、本日のお話を終えられました。世界や日本の娼婦のお話はこれまであまり聴いたことのない内容で大変興味深いものでした。また、被差別民への石川さんの暖かい眼差しが印象的でした。
最後に受講者のコメントをご紹介します。
「今回のテーマによる埋もれた歴史の理解は大切です。現在にも通じる問題があるからです」
「時代や場所により習慣はもとより常識や倫理観までもが大きく異なることを改めて認識させられた。また、都市化による価値観の変化という考察は面白い。個人的には釧路米町の話が聞けるとありがたい」
「せっかくの話が聞き取りづらかった」
「女性として説明しにくい内容を客観的に講義していただき感心しています」
「大変充実した内容でした。系統立てて世界的歴史から性を学んでいなかった気がしましたので有意義な機会でした。第2回第3回とお話を聴けるのを楽しみにしています」